東京演劇アンサンブル公演

蜃気楼の見える町

作・演出=広渡常敏

2000年8月12日~13日・18日~20日 ブレヒトの芝居小屋

2000年8月15日~16日 東京国際フォーラム/ホールD

 

スタッフ

作・演出............広渡常敏

音楽..................池辺晋一郎

装置..................高田一郎

舞踊..................西田堯

照明..................大鷲良一

効果..................田村悳

舞台監督............漆戸英司

制作..................小森明子

   ..................太田昭

 

キャスト

裏辻圭佑 瑞泉寺住職...................................................浅井純彦

 梨枝 その妻............................................................真野季節

 圭子 娘......................................................................折林悠

 六郎太 息子............................................................尾崎太郎

高野修吉 梨枝の父.退職した小学校校長............伊藤克

田村 高校教師...................................................................公家義徳

衿子 女子学院音楽教師(城崎姓)............................久我あゆみ

今日子 生徒.......................................................................益井すお美

由美 生徒............................................................................樋口祐歌

有馬 学生............................................................................竹口範顕

今井 学生............................................................................松下重人

麦子 ある少女(宗方姓)................................................住吉香奈 (現・風吹可奈)

 

ものがたり

富山湾を望む蜃気楼の見える町。

霧の中、渓谷にかかった吊り矯。画家の圭子と工業高校の数学教師・田村は、自由のない人間に残されたたったひとつの自由、自分を探し出す自由について語り合う。

田村は蜃気楼の観測をつづけながら、それまでの蜃気楼出現の定説をくつがえす発見をする。女子学院の新聞部は「蜃気楼特集号」を組もうと、取材をはじめる。田村が下宿している瑞泉寺は、新聞部のたまり場だ。

そこへ、山楼でのひとり暮らしをはじめた高野修吉がやってくる。100年も150年もの時間をかけて岩盤をしみとおった、立山連峰、北アルプスの雪が、海の底から湧き出して地下水となり、海水を冷やして空気との温度差を生むとき、蜃気楼が出現する。この定説が覆されたことに衝撃を受けている。修吉は語る「精神は見えない自然であり、自然は見える精神だ。」それがただの偶然で出現するとは......。彼らは、蜃気楼の出現についての科学的な新説を越えて、人々の思いに出会っていくことになる。

修吉は、50年以上誰にも話さなかったシベリア抑留の体験を語りはじめた。ブリヤート共和国のウラン・ウデで、ソ連は捕虜のための病院ラザレートをつくることになり、捕虜の中の軍医や看護兵などで運営した。院長は宗方という日本軍捕虜で、彼の柔軟なやり方と人柄が、ラザレートをユートピアに変えた。修吉はラザレートの経験にその後ずっと後押しされて生きてきたのだ。

盆踊りの夜。由美が踊りの輪から抜けてくる。おととしの夏に味わった一体感が、去年も今年も味わえない。それは人間のつくりだす蜃気楼なのだ。けれど仕掛けなければ、起こり得ない。何かをやり遂げようという仲間意識よりも、互いが挑発しあう関係がいつか蜃気楼を生み出すのだ。

海辺で観測をつづける田村たち。残虐な侵路行為を働いた日本軍の中にラザレートのようなユートピアが生まれたこと、一度も銃の引き金を引かなかった日本兵がいたこと、戦争だから仕方なかったという時流に流されずに生きた人のこと。氷詰めにされて忘れられていた過去が、溶けて浮かび上がってくる。蜃気楼という自然の眺めが語りかけてくる。

吊り橋。田村と圭子を取り巻く白い闇の中から突如まっ赤な紅葉が浮かび上がる。

田村が、つくばで開かれた学会で蜃気楼の新説を発表した。帰りを待ちながら今日子、由美を相手に、六郎太はチェーホフのように偶然の連続で映画のシナリオを書きたいと語っている。そこへひとりの少女が現れる。南紀で鶴偶然出会い、六郎太を戦慄させた憧れの少女だった。彼女は宗方麦子。修吉の話していたラザレートの宗方院長の孫だった。亡くなった祖父の日記と名簿をたよりに、昔の仲聞を訪ね歩いているのだという。偶然の織りなしたユートピア、それを麦子はつきとめようとしている。

海辺。六郎太と麦子。バスケットをやっているという麦子は、地に足のつかない蜃気楼なんて嫌いだと言い放つ。現実と憧れとの距離に、六郎太は戸惑う。

寺の住職の圭佑が20年間も続けているレコードコンサートの夜。安保闘争に敗れた圭佑と梨枝がひらくコンサートは、今や人々のサロンとなっている.衿子は皆を前にして決意を語る。校長から君が代の演奏を強要されていた衿子は、それを拒否することを生徒たちの前で発表するのだという。衿子は圭子に、やることのできる者がはじめるべきだと、自分も引き金を引かないことを語るのだ。

 

上演にあたって

 2000年におくる、広渡常敏の創作戯曲『蜃気楼の見える町』。

脚本は構想から3年に及び、その間に様々な事実が脚本の構成に大きな影響を与えた。

東京演劇アンサンブルが昨年おこなったブリヤート共和国ウラン・ウデでの『桜の森の満開の下』公演は、各紙でも大きく取り上げられた。日本軍捕虜と現地の人が一緒に建てたオペラ、バレエ劇場での初めて日本人による公演。それをたまたま読んだ方から連絡があった。彼は、捕虜としてウラン・ウデで強制労働に従事していたという。彼の戦友が一冊の本をまとめた。それがラザレートであった。また、言語学者・田中克彦氏は現地で様々な人からのアプローチを受けた。その中に、捕虜をかくまい、ブリヤート人と結婚させて現地で暮らしていた捕虜の孫という人もいた。

 また、今年5月つくぱの学会で富山工業高校の木下正博先生が、蜃気楼出現に関する新説を発表した。蜃気楼は、富山湾に立山連峰の雪解け水が流れ込み、冷たい海水が海面近くの空気を冷やして温度差を生むことによって出現すると信じられていた。だが大気の温度測定をもとにコンピューター.シミュレーションによって定説を覆した。

 このニ点が脚本の大きな骨絡をつくった。そこに、現代版「青い山脈」という構想を絡ませ、広渡の世界観・時代観が織りなされて出来あがった戯曲である。

 人間に残された自由とは何か。冒頭で語られる田村の言葉である。人間の歴史上まだ一度も主人と奴隷という構造はなくなったことがない。時代により姿を変え現代は見通しにくい構造の下に隠されつつ、相変わらず権力者に支配されている世の中。精神の自由と信じているものさえも、生まれに、教育に、マスコミに影響を受けたものである。唯一残された自由とは、自分を探し出す自由だけである。

このことを精神的な軸として物語は展開する。蜃気楼はキーワードとなり、人々の過去をたぐり寄せる.若者たちは、様々な過去をもつ上の世代の人々のことばに触発され、《いま》を形づくっていく。この《いま》は、はかない夢のように消えていくだろうが、また明日現れ、未来の後押しをしてくれるだろう。自分自身と出会うために、いま、自分のできることをやる。何かがはじまることを期待するのではなく、仕掛けていかなくては。蜃気楼のようにはかないかもしれないが、ひとりが仕掛けることで何かがひとつひとつ動きはじめる。

2000年夏、広渡がおくる新しい時代への提言。爽やかな青春群像の中に散りばめられたことばを、ぜひ受けとめてほしい。

東京2000年祭のエキサイティング・シアターTOKIO・2000作品として、東京国際フォーラムでの上演も決まった。また、《蜃気楼の見える街》のキャッチフレーズをもつ魚津市はこの公演をバックアップ。科学的な新発見と、掘り起こされた過去の事実というニュース性も持った、注目の舞台となる。

オープンスペースを生かした高田一郎の装置は、蜃気楼のように中空に浮いたようなアクリル盤を使ったもの。また池辺晋一郎の現代音楽で爽やかにまとめる。

 

 

いま、そしていま

広渡常敏

芝居なんかやっていると、それも劇団という繁雑をきわめる生活の中にいると、つい仕事に追われてその日その日をやり過ごしてしまう。稽古が終ると道具づくり、衣裳、制作の雑務、印刷、発送、ポスターはり、チラシまきなどなど、外の人の想像をこえる忙しさである。それからアルバイトのある者はそっちのほうへ、ない者は近くの赤提灯で気焔をあげるのだが、このような暮しはじぶんたちが好きで択んだのだからいいとして、じぶんにむかいあい、じぶんを瞶める時間がどうしても少なくなる。時間がどんどん流れ去っていくようである。芝居はじぶんにむきあう仕事じゃないかということはあるにしろ、ひとり対自的に、じぶんという人間の心の洞穴にむかいあうのがおろそかになる。こんなことを書いているぼくからして、みんなをあおって赤提灯へ行こうと囃したてるのだから始末が悪いのだが、それはそういうことにして、時間がどんどん流れていくというのはどういうことであるだろうか?

じぶん自身にむかいあっている時、時計の秒針のようにではなく、一瞬一瞬として時はぼくらの心に入ってくるようだ。《人間は人間の未来である》とすれば、ぼくは私は私である、とまだいえないなにものかなのだ。「......である」といえない私が、そこにあるもの=状況を見ている。「......がある」と「...である」(まだ、そう言えないにしろ)がむかいあっている。それは「落ちつきのない闇」だとブロッホは言うのだ。私がなにものかなかなかわからないに しろ、虚無的になったりペシミズムに落ちこむことはない、この落ちつきのない闇は脈動して 未来へ躍動しようとしているとブロッホは力説する。(『世界という実験』)

ぼくらがどのように末来へむかうか、むかおうとするか、それはぼくらひとりひとりの対自する寡黙な夜にかかっている。芝居という仕事がぼくらに迫ってくるのだ。ファウストは時よとどまれと叫ぶ。時が立ち止まる。時は、《いま、そしていま》と停止を積み重ねて、退屈な日常のクロノメーターとしての時計とは違う、ほんとうに現実的な時間が刻まれるとブロッホは言うのである。『蜃気楼の見える町』の老教師高野修吉は《いま、そしていま》として蜜気楼という自然現象を眺めたのであった。そこになにが見えたか?

「精神は見えない自然、自然慰見える精神」というギリシャの哲人のことばが、稽古場に異様な緊張と光彩をつくりだしている。いつの頃からか劇団の中で通俗化しマンネリ化して、大雑把になってしまった《変化》ということばが、爆破される。

(2000年7月6日)

 

舞台写真はコチラ

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